ガクンと、緩の視界が揺れる。
押し黙ってしまった緩をバカにするかのように聡は見下ろし、小さくため息をつく。
「笑えるぜ。現実では男に好かれないからってさ、ゲームの中の男どもに好きだの愛してるだの吐いてもらって楽しんでるんだ」
くだらない。
緩の部屋を思い起こし、聡は笑った。
そもそも、そんな妄想に縋ってなんかいるから、男にモテねぇんだよ。
幼い頃から常に異性の視線を感じてきた聡にとって、緩のような存在は吐き気がする。
気味が悪い。好きだなんだと甘い言葉を囁いてくれれば、相手が誰でもいいのかよ? サイテーだ。イカれてる。
相手の中身も吟味せず、見ようともせず、ただ甘い世界だけを妄想して好意を求めるような感情など、ウザいだけだ。
「くだらねぇよな」
吐くようにつぶやく。
「なぁ 瑠駆真。お前、恋愛ゲームって知ってるか? 事あるごとに綺麗だとか好きだとかって言葉がテレビから飛んでくるんだぜ。聞いてて恥ずかしいって言うより、呆れるよ。そんなゲームが作られて買う人間が居るっていう事実にも呆れる」
卑猥な笑い声を混ぜながらツラツラと侮蔑の言葉を並べる聡にチラリと視線を投げ、瑠駆真は短く嘆息した。
「なんだ、そんな事か」
その、あまりにも淡々とした言い草に、聡も緩も顔をあげた。
二人から見つめられ、だが瑠駆真は黒々とした瞳を凛と向ける。恐怖と不安に震える緩の態度も、そんな義妹を嘲る聡の態度もまるで理解できないというような表情で口を開いた。
「この子がゲームやってる事ぐらい、僕も知ってる」
「え?」
声をあげたのは緩だった。
知ってる?
あまりの事実に耳を疑った。
知っている?
「まぁ、ゲームかどうかなんてはっきりとした確証はなかったけど、そんなような趣味を持ってるだろうぐらいの事はわかってた」
「なんで?」
掠れそうな声でなんとか聞き返す緩へ向かって、瑠駆真は表情を変えぬまま少しだけ首を傾けた。
「夏休みに、東京のイベントに来てただろ?」
緩は瞠目した。今度は声も出ない。
噎せるような真夏の大都会。まるで異世界か、もしくは地球とは異なる惑星、はたまた映画の世界にでも迷い込んでしまったのかと、自分は寝ぼけているのではないかと疑ってしまうような奇抜な光景。
「私、コスプレって生で見るの初めてっ」
などと興奮しながらメリエムが携帯で写真を撮りまくるその横で、陽炎に揺れる景色の片隅に、瑠駆真は緩の影を見た。
あまりに場違いなので、彼女はその場の雰囲気とは無関係だと思っていた。大して興味を引かれるような目撃でもないと思っていた。
夏休みの後半。マンションの一室に軟禁されるような形で滞在させられていた瑠駆真。とにかく退屈だった。美鶴とは連絡も取れず、かと言って他にコンタクトを取るような相手もいない。
テレビにも飽きた。街の賑わいに興味はない。部屋に備え付けられたノートパソコンで、ぼんやりとネットの世界を徘徊した。検索サイトで『ROUND360MAX』の文字を入力したのは、ほんの出来心だった。
雑居ビルのホームページには、ビル内で催されるイベントの計画が、カレンダーの形式で表示されていた。あの日、『ROUND360MAX』では三つのイベントが行われていた。瑠駆真が唖然とした奇抜な輩たちは、ゲーム製作会社が主催するコスプレイベントを目的として集まったのだろう。一フロアを使って終日行われていたようだ。
もう一つはライブ。ゲームの主題歌を歌う女性新人歌手のミニライブやサイン会など。同じフロアで時間をずらして水着の撮影会も行われていたようだ。
そして、アニメやゲーム関連の商品を集めたイベントというか即売会。声優やアニメの原画担当者、ゲームのキャラクターデザイナーも来場していたようだ。ラジオの公開収録なども行われ、この日のイベントの中でももっとも大規模なものだったらしい。複数階に展開し、来場者数もかなりのものだったようだ。
やや偏見かもしれないが、緩が水着の撮影会目的でビルに入って行ったとは思い難かった。となると、目的は他のイベント。
どれを取っても、ゲームかアニメ。だが瑠駆真は、その事実を大した発見だとは思わなかった。
そういう人間の気持ちが、わからないでもない。
瑠駆真は、ゲームにもアニメにもあまり興味はない。だが、一人部屋に閉じこもって好きな事に没頭したいという心理は、なんとなく理解できるような気がする。
人間なら、誰しもそのような感情は持ち合わせているものだ。自分がそうなのだから。
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